さぁ、upright の昔話も第3話をむかえました。
専門学校卒業後、僕はソウルバンドを組んで、歌の仕事もいただくようになったと前回お話しました。
それと同時に、僕は卒業した専門学校で働くようになります。
最初の2年は、講師の方のアシスタント、その後1年は講師として働かせていただきました。
計3年、この専門学校で働きます。
そこでたくさんの仲間、後輩達に出会います (^^)
自分では、そのまま講師をやり続けるつもりでいました。
周りの先生方も後押ししてくれていたのですが、一人、僕が講師を続ける事に反対した人がいました。
その方の O. K が出ないまま、講師契約がきれたので、僕は専門学校から離れることになりました。
恨みましたねぇ、その人!
あの人のせいで僕の人生狂わされた!って思ってました (笑)
でも今ではすごく感謝してます!!
その人の言い分はこうです。
専門学校卒業してから、外の世界で何の経験もしないまま講師にとどまったらアカン。
しっかり外の世界でもまれて、いろんな現場を経験して帰ってきなさい。
すごくまともなこと言ってます。
今ではほんとに、あの時、専門学校から離れて良かったと思っています。
あのままあそこにいてたら、きっと upright として活動もしてなかったと思います。
専門学校を離れて、アルバイトをはじめるのですが、そこで働くことになるのが、大阪でのイベント「LOVE 4 TRACKS」でいつもお世話になっている フラミンゴ!
ライブがメインのイタリアレストランです。
ここでトミーや、今でもたまに集まるフラミンゴスタッフのみんなに出会います。
upright として活動をはじめたのもこの頃です。
ほんと最高の職場でした (^^)
この頃に僕は、水曜どうでしょうと讃岐うどんにハマるのですが、その話は置いといて . . . (笑)
そんなある冬の日、あれは11月でした。
専門学校の先生から電話がきました。
「実はあるグループがボーカルを探している」と言うもの。
某パフォーマンスグループの会社所属で、そのグループは春にメジャーデビューも決まっているとの事。
オーディションをしたものの、良い人が見つからなかったらしく、その先生に話がきたんだそうで。
僕は自分の音源とライブ映像を持って、久しぶりの専門学校へ。
数日経ち、先生から連絡が . . . . . 。
「先方が、お前の歌えらい気に入ってくれてるらしい!ルックスも問題ないって!12月から東京行けるか?」
ビックリでした!!
こんなことってほんまにあるんや!?って思いました。
事実を飲み込めない僕を置き去りにして、話はすごいスピードで進んで行きます。
「とりあえず、写真が欲しいらしいから、すぐ学校来れるか?」
そしてまた学校へ。
まさかのその辺の壁に立たされて、先生がおもむろにカメラを取り出しパシャ!
「先生、それで大丈夫なん?(笑)」
「大丈夫!もうほぼ決定してることやから!!ほんま東京行ける準備しときや!」
夢にも思わなかったメジャーデビュー。
自分のやりたい音楽ではないにせよ、ゆくゆくはそこに方向転換できたらいい。
そんな未来を描きながら、僕は上京するための準備をはじめます。
それからの数日、僕はやっていたレッスンの仕事を全て辞め、クリスマスシーズンの歌の仕事やライブを全てキャンセルし、いつでも東京に行けるようにしていました。
それから一週間 、、、連絡こず。
二週間 、、、連絡こず。
しびれをきらして先生に電話。
先生「なんかちょっと問題あったみたいで、もうちょい待って!」
それからまた一週間 、、、先生からの電話。
「ごめん、あの話 、、、、、無くなった。」
ショックでしたねぇ。
もう東京行く気満々やっただけに、ショックでしたねぇ (笑)
先日、その頃専門学校で働いていた友達に、メジャーデビューの話がなくなった理由を聞くことができました。
壁に立たされて撮った写真、写真が悪過ぎたらしく、編集しまくった結果、ゾンビみたいな顔になってたらしいです (笑)
東京行きの話がなくなってから、ライブのお誘いを何件かいただいたのですが、それも何故かことごとく無くなり、何をやってもうまくいかない、、、そんな12月の日々を過ごしていました。
その年の大晦日、久しぶりにソウルバンドのメンバーで集まって、長居と言う場所にある小さなライブバーのカウントダウンライブに参加する事になりました。
クリスマスシーズンの仕事もライブも全てなくなった僕にとっては久しぶりのライブ。
僕達のライブは滞りなく終わり、カウントダウンライブも終盤!
トリはそこの店のマスターでした。
そのマスターのライブがまたひどくてね (笑)
ライブの内容はあまり憶えてないのですが、その時に思った事は今でもハッキリ憶えています。
「オレ、こんな所でこんなライブするために音楽やってきたんじゃない!」
正直、東京行きの話がなくなってから、このカウントダウンライブまで、そこまで実感なかったんですよね!
でもこの瞬間に、自分の音楽、今までやってきた音楽人生、そして自分自身も全て否定されたような気がして、心の底に溜まっていた負の感情が一気に溢れてきました。
新しい年を迎えた夜中の12時。
「あけましておめでとう!」
の一言を残して、僕は一人バーを後にしました。
雪がちらついていたと思います。
失意のドン底にいた僕は、自転車にまたがり、イヤフォンを耳にした瞬間!
流れてきたのは、その頃に作ったオリジナル曲「甘い記憶」でした。
「あぁ、これや! オレがやりたい音楽は、これなんや!!」
その瞬間に、なんと自分の曲に救われました (笑)
このことがきっかけで、僕は自分の曲を好きになりました。
それまでは心のどこかで納得いってない自分がいて、自分の曲なのに少し蔑んでいたような気がします。
でもこのことがきっかけで、本当に心から自分の曲を好きになれました。
それからは upright としての活動をメインにしていきます。
そして、東京に行きたいと思うようになりました。
その2年後、僕は上京する事になります。
メジャーデビューの話、今ではいい笑い話です。
そして、その事件があって、今自分はこうやって upright として活動できています。
東京に出てきてからも、いろいろな事がありました。
でもそれら全てがあるから、僕は今こうして歌っていられるんだと、強く思います!
素敵な仲間達に出会え、この7月にはワンマンライブも決定致しました!!
全てを糧に、これからも一歩づつ、自分のペースで歩んでいきたいと思います。
まぁ、そういうことで、これからもよろしくお願いします (笑)